仕事の雑学|仕事で困ったら質疑すべき理由

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仕事をやっていくにあたって、分からないことや困ったことがたくさん出てくるでしょう。そんな時に分からないことをそのまま放置していたり、質疑出来ないとまた同じ仕事がきた時にその仕事が出来なくて困ってしまいます。私もかなり苦手なのですが、仕事で質問することが重要である理由について、今回は記事にしてみたいと思います。

もくじ

  1. そもそも筆者はなぜ質疑が苦手なのか
  2. 今いる会社で困っていること
  3. 恥ずかしいことだと思っていた
  4. 助けを求めるのは恥ずかしくない
  5. 今回の記事のまとめ

そもそも筆者はなぜ質疑が苦手なのか

私は、人に質疑をすることが大の苦手です。しかし、仕事柄どうしても質疑しなければなりません。コールセンターの場合、分からないことをそのままにして対応を進めたら困るのは私ではなくお客様だからです。自分がだけが困るのなら、全然問題ありません。そして、ゆっくり解決すればいいので焦りません。

また、質疑する際に受け取る人によって全然違う回答がくることがあります。今の仕事場でもそうですが、私が思っている意図と質疑される側の考えていることが全く違ってすれ違います。そんな時に、私が欲しい回答はそうではないとイライラしてきます。質疑を受ける側は、最後まで話を聞いて対応すべきです。

今いる会社で困っていること

とある方に質疑すると、こちらが最後まで話し終えていないのに別の方に質疑しにいかれます。確かに急いで対応すべき内容に対して時間がかかりすぎた場合、お客様を怒らせかねないので仕事柄しょうがないとは思います。

しかし、ここで気になることがあります。その方が出される回答は、いつも自分が欲しい回答ではなかったり、全然違う回答を持って来られる点です。欲しい回答ではないと初めから説明するため、時間がもったいないです。

恥ずかしいことだと思っていた

また、私の性格上人に質疑することは恥ずかしいことだと思っている節があります。幼い頃から質疑することが苦手で、先生から回答を求められることをひどく恐れているような人間でした。

また、知らないと思われてしまうのが恥ずかしくて知らないまま放置してきました。しかし、仕事を始めるにあたってそのまま進んでいくのはまずいと、改めて感じて焦燥感にかられました。

助けを求めるのは恥ずかしくない

今まで、助けを求めることは弱さを見せることだと思っていました。しかし、人は助け合って生きていくもので、弱音を吐くことも時には大事だと考え直しました。そうすると、幾分か自分の心を楽にすることが出来ました。

助けを求めたり弱音を吐くことによって、周りは心配してくれます。そしてなんとかしようと助けてくれます。しかし、そのままにしておくと誰も助けてくれないし、あの人なら大丈夫だと助け舟もだしてもらえないでしょう。

もっと楽に生きていこうと決めた

人間誰しも、苦手分野や弱い部分も存在します。その弱い部分を全く出さずに生きていくなんて、到底無理だと改めて感じました。その弱さを出すのが苦手でも、その弱さを出さないと困った時に誰も助けてくれません。

大人になると、弱さを出すのが苦手になってきます。しかし、恋愛でもそうですが、相手のことが理解出来ないと別れてしまうと思います。自分を強く見せることより、弱さを理解してもらう事が自分をきっと楽にします。

今回の記事のまとめ

今まで、人に弱さを見せることや、分からないことがあると思われることは恥ずかしいことだと思っていました。しかし、それでは肝心な時に誰も助けてくれませんでした。人間は助け合い、それは正しかったんだと思い直しました。一人で生きていくなんて所詮無理なんだなと、今では思えます。

弱さを見せることは決して恥ずかしいことではない!

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