Amazon|未成年で加害者になった少年が減刑を求めて再審を求める話について筆者が思った事

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被害者の少女/アラナ

ネタバレ注意!

今回は、アメリカで少年時代に殺人を犯して、終身刑として刑務所に入った少年についての記事を書きます。彼らが再審を求めるストーリーが描かれています。この動画は筆者にとって、とても考えさせられる内容でした。

もくじ

  1. 事件の概要
  2. 目撃者アーロンの証言
  3. 警察が感じていた違和感
  4. アーロンの罪は暴かれる
  5. 被害者と加害者の出会い
  6. 加害者の複雑な家庭環境
  7. 加害者側は再審請求を行う
  8. 銃社会のアメリカ
  9. もし被害者・加害者になったら…
  10. 今回記事のまとめ

事件の概要

加害者の少年/アーロン

事件当日、ご遺族のお姉さんが帰宅するとアーロンが玄関から入ってきます。お姉さんはアーロンに声をかけると、アーロンはアラナが倒れているとお姉さんに伝えました。お姉さんは、急いで現場に駆けつけます。

林の中で見つかったアラナは、すでに息をしていませんでした。この事件の不可解な点として、遺体が自宅から見つかった場所まで引きずられたような痕が発見されたことでした。彼女は、自宅で襲われたようです。

目撃者アーロンの証言

アーロン(当時14歳)は当初、家の林で黒人の男性を見て、その男性についていくと遺体にたどり着いたと証言しました。そこで警察は、警察犬や捜査員を動員してその黒人男性を探していました。

警察は事件を解決させようと、総動員で動いていました!

警察が感じていた違和感

警察は、アーロンの行動に違和感を抱いていました。それは、周囲を見渡して視線を感じた時に泣いているフリをしているように見えたからです。そして、周囲に人がいないとわかった瞬間、泣くのをやめるのです。

警察官はそれを、決して見逃しませんでした。

アーロンの罪は暴かれる

取り調べを始めてみると、当初黒人だったと証言していたのが白人だったと証言が切り替わりました。被害者宅はアメリカでは珍しく、靴を脱いで上がる習慣があったそうです。

そこで警官は、アーロンに靴を脱ぐように促します。靴を脱ぐと、足の甲に血痕がべっとりと付着していました。それを皮切りに、アーロンは真実(?)を警官に語り始めます。

新たな証言として、アラナとアーロンはふざけあっていてアラナは銃を引く真似をしたそうです。アーロンが止めて片付けようとした時、銃が暴発したとアーロンは証言します。

警官たちは、その証言も嘘だと思っています。

被害者と加害者の出会い

アラナは男の子たちと遊びに行った帰りに、アーロンと一緒に戻ってきました。アーロンは近所に住んでいて、アラナと同じ年だと自己紹介します。やがてアーロンは、家族だったかのようにアラナの家に入り浸るようになります。

また、アラナの家での彼の行動は礼儀正しく、とてもそのような行動に至るとは考えもつかなかったようです。アーロンは複雑な家庭環境で育っており、やっと手に入れた家族同然という幸せを、噛み締めていたよう見えました。

アラナの家族は、アーロンを家族同然のように扱っていました。

加害者の複雑な家庭環境

アーロンを育てていたアーロンのお姉さん

アーロンは、アーロンの一番上のお姉さんの元に引き取られて過ごしていました。それは彼の母親が、子どもを置いて家出しており、知らない男二人組が子どもに対して性的な嫌がらせをしていたことに由来します。

一番上のお姉さんは幼い子ども2人の親権を取り、育てていくことになります。しかし、アーロンは性的嫌がらせをされる中で精神を病んでしまいます。筆者は心情まではわかりませんが、それは苦しかったでしょう。

真ん中のお姉さんもまた、複数人から性的嫌がらせを受たそうです…。

加害者側は再審請求を行う

アーロンは、当初の判決で終身刑が確定していました。しかし、最初の判決ではアーロンのバックグランドまで語られることはありませんでした。そこで、アーロンの弁護側は、精神疾患を理由に再審するために資料をまとめ始めます。

遺族には、ギリギリになって再販請求の事実が伝えられました…。

銃社会のアメリカ

日本では、銃は国民が持ってはいけない事になっているので、そこはまだ安全なのかもしれません。しかし、アメリカでは拳銃の所持は当たり前になっています。大人が厳重に、子どもが決して触らない場所に保管するべきです。

しかし、この動画の警官は、アーロンがアラナを撃つために拳銃を(おそらく被害者宅から)持ち帰ったと説明しております。もしアーロンが、拳銃を撃ってみたくてこのような事に及んだのなら、事件が防げたかもしれませんね。

アメリカは、拳銃所持についてもっと見直すべきです…。

もし被害者・加害者になったら…

今回は、それぞれの立場に立って考えてみていただけたらと思います。もし被害者だった場合、この加害者はもう被害者を出さないと言い切れるでしょうか。逆に加害者のバックグランドを知った時、許す気持ちになるでしょうか。

もし逆に加害者もしくは加害者家族だった場合、再審を求めるでしょうか。それとも、反省が必要とそのまま何もしない選択をするでしょうか。これは、両者の立場に立った時、簡単には解決できない問題である事が理解できます。

誰でもなり得る可能性がある

私たちが生きている限り、被害者にも加害者にもなり得ます。また、自分が加害者でなくとも、家族が加害者になり得る可能性だってあり得るわけです。そんな時に人間が正しい判断で公平に審判を下すというのは難しいでしょう。

それでも、人間の手によって加害者は裁かれます…。

今回記事のまとめ

人間が生きる上で一番大切なことは、人間同士のつながりだと筆者は思っております。しかし、核家族化が進み虐待などの問題も明るみになる中で、そのようなコミュニティが作りにくくなっているのが今の現状です。

また、幼い頃のトラウマは大人まで引き継がれる事が殆どです。実は表に出ていないだけで、心では大きな傷を抱えて生きている人もたくさんいます。筆者もそんな心の傷を、今後は引きずらずに生きていきたいです。

いい歳になっても、子供の頃の傷は深く残っているものです…。

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